此先松倉

日常が緩やかに崩壊していく様を書き綴っているかもしれない

夕日茜走 1

7月の空に。を読んだのが4月1日の午前4時の夜明け前。

 

気の利いた言葉の一つも見つからなかったので、やはりこれは走り出すしかない。

 

 

ダッシュで帰宅して絶叫しながら着替えてTWを急かした。

暖気!早く!早く!!って感じで。

 

とてもシーズン初日とは思えない慌ただしさ。

ぼくはとても急いだってやつだ。

 

 

1965年4月生まれの大型バイクを次々と増車した知り合いがいて、何年か前に仕事が忙しくなってオートバイに乗らなくなった。

乗らなくても車検と保険だけは掛け続けていたけどそれも去年やめてしまったらしい。

去年二輪で事故を起こし亡くなった知人もいる。

 

気が付いたら自分のまわりでオートバイに乗ってるのは自分だけになった。

死に直面してやり残した事は道路探索という答えが出ているので、自分はそれでかまわない。

お金と時間と健康と意志。

どれもがオートバイを走らせるのに不可欠な要素で、いつだってどれかが足りてない。

 

 

それでも自分は走らせる。

痔とヘルニアと寝不足にヤラれながらでも。

掛け替えられた国道5号の塩谷トンネルを見ていたらちょっと間に合わない。

多分見なくてもフゴッペで夕日を見るにはまだ早い。

 

 

 

今日の夕日が見たいから

そう難しく理由で難しいオートバイを走らせる。

それが最高に楽しい事を知っているから。

 

 

明日も晴れるなら走れるかな?